贈呈句集を読む
2021後半より・贈呈句集を読む――10句選または鑑賞文
1 安光潁耳 ――eiji・yasumithu
『俳句の杜2021 精選アンソロジー』本阿弥書店
安光潁耳(やすみつ・えいじ)大正14年、岡山県美作市(旧湯郷村)生まれ。昭和38年「うまや」・昭和40年「雪解」入門。句集『耳の日』。公社)俳人協会々員。
孤老なほ医書枕頭に朝寝かな
青空に枝の曲折梅開く
桜鯛糶り落とされてしづもりぬ
定家葛なり天辺の花卍白壁を蜥蜴走るは飛ぶごとし
虫の音のはたと絶えたる厄日かな
荒野より花野へ雲の影移る
親方の仕上げの鋏松手入
葛に足取られて転ぶ荒野かな
夜寒星湖に動く火動かぬ火
16人の作家によるアンソロジー。作品100句の前のショートエッセイ「ついの栖」がいい。「……二階の東窓を開けると祇園用水のながれを見ることが出来、その水音を聞くことができる。この用水をさかのぼれば……」との出だしから家を取り巻く周辺の歴史的遺産・環境描写に一気に引き込まれる。終章に、ただ惜しむらくは止めがたい私自身の老化…と。作者紹介の大正14年生まれが何歳か、暦で確認すると96歳であった。
2024/10/09 著者からお便りがありました。
ブログ拝見しました。「俳句クラシック」楽しみにしています。ただ今介護保険施設でお世話になっています。熱が出たりすると施設関連の病院のお世話になっています。先日入院しました。部屋の窓から操山の安住院多宝塔(通称、瓶井みかいの塔)が見えました。吟行していた頃が懐かしく思い出されました。 ●澄むといふことかくばかり秋日あきひ射す ●瓶井の塔かつて登りし日もありし ●瓶井の塔のふもとのみかい寺も秋 潁耳えいじ2 杉本征之進 ――seinoshin・sugimoto
句集『山椒魚』 2018年7月25日初版発行 角川書店 序文:茨木和生
鑑賞文: 岡山県俳人協会 会報『烏城(2018年12月発行)』より転載
炎暑耐え難き今夏。そのさ中、今までに見たことも聞いたこともない句集が届いた。 四十数年の俳歴を持つ著者の、たった一つの季語だけの句集。しかもそれが第一句集とは。こんな例は未だ聞いた事がない。山椒魚だけの句集と分かった時の驚き、そして思わずの笑い。この企画そのものがまさに俳諧であった。

はんざきの沢轟かす花の雨 沢を轟かす雨。棲息地の奥深さや鮮烈な空気が伝わってくる。この厳しい自然環境に、季語「花の雨」を据えたのは、作者のはんざきへの思いやりの表れ。抒情的な季語が大沢をしっとりと包み込んだ。
山椒魚うしろ姿の良かりけり 山椒魚の体躯、小さな目や大きな口、これらを描写した句は間々ある。しかしうしろ姿とは参った。「良かりけり」。このシンプルな措辞が粋ではないか。 著者は素材や着想にあまり手を加えない。言い表しがたい感動もさり気ない描写に置き換えてゆく。読者はその辺りを意識しつつ、筆者拙文を補って頂きたい。
● 出来物が頭に一つ山椒魚 出来物とは、なんと人間的な山椒魚ではないか。詰まるところ、芭蕉の高悟帰俗とはこういうことではないか。
● 餌を持てる素振りを見せず山椒魚 生きた化石山椒魚は、数千万年前から進化していないと言われている。しかしそれは本当なのかと思いたくなる一句。
■ 山椒魚葭簀を掛けて貰ひけり ■ 流されてゐしはんざきの戻りをり ■ 水底に雪は届かず山椒魚それぞれの句が多くのことを省略している。一番言いたいことをも省略している。単純化された言葉の持つ連想力と、読者とを信頼しているのである。
■ 挨拶の泡が二つ山椒魚 ■ 長考を解くはんざきの欠伸かな ■ 清掃の跡を閲する山椒魚
このあたりの句になると、山椒魚の思いと作者の思いが混然一体となる。じっと見ていると両者の貌が出てきて、時々入れ替わる。
● 注連縄は横一文字山椒魚 注連縄の横一文字から、山椒魚のあの口へと意識が移る。新年を迎えたその口元、この日ばかりはいささか厳しい。
山椒魚故山は雪となりにけり 山椒魚は標高六百米辺りから上流に棲息する。但しこの山椒魚は飼育されているものだろう。ここでは自然界の厳しさから守られてはいるが、山椒魚にとって果たしてどうなのか。心中に生まれたふとした感慨が、〈故山は雪となりにけり〉の詠嘆を呼び起こしたのであろう。 氷山の一角という言葉がある。著者の『山椒魚』はそれである。著者は長年山椒魚の啓発保護に取組んでいる。山椒魚は天然記念物の中でも、文化財保護法で指定された特別天然記念物である。何十年たとうと、句集を出さなかった著者が上梓に踏み切ったのは、山椒魚を取巻く環境の悪化と無縁ではないだろう。朝寒夜寒。また故山に雪が降る頃となった。 〈了〉
コメント
コメントを投稿