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贈呈句集を読む

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  2021後半より・ 贈呈句集を読む ―― 10句選 1  安光潁耳  ――eiji・yasumithu 『俳句の杜2021 精選アンソロジー』本阿弥書店 安光潁耳 (やすみつ・えいじ) 大正14年、岡山県美作市(旧湯郷村)生まれ。昭和38年「うまや」・昭和40年「雪解」入門。句集『耳の日』。公社) 俳人協会々員 。    孤老なほ医書枕頭に朝寝かな      青空に枝の曲折梅開く      桜鯛糶り落とされてしづもりぬ      定家葛なり天辺の花卍     白壁を蜥蜴走るは飛ぶごとし      虫の音のはたと絶えたる厄日かな                    荒野より花野へ雲の影移る      親方の仕上げの鋏松手入      葛に足取られて転ぶ荒野かな   夜寒星湖に動く火動かぬ火 16人の作家によるアンソロジー。作品100句の前のショートエッセイ「ついの栖」がいい。「……二階の東窓を開けると祇園用水のながれを見ることが出来、その水音を聞くことができる。この用水をさかのぼれば……」との出だしから家を取り巻く周辺の歴史的遺産・環境描写に一気に引き込まれる。終章に、ただ惜しむらくは止めがたい私自身の老化…と。作者紹介の大正14年生まれが何歳か、暦で確認すると96歳であった。  
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  倉敷/下庄    南瓜庵除風と千句塚 (なんきんあん・じょふう・と・せんくづか)      倉敷市下庄。町並の南端を東西に旧鴨方街道が走り、その南一帯は田園が広がる。その一角に御輿形の薬師堂があり、傍らに芭蕉翁墓と刻まれた供養碑が立っている。     元禄年間、深川芭蕉庵を訪れ、奥の細道のあとを訪ねた人物がここに庵を結んだ。南瓜庵除風(なんきんあん・じょふう)と名告った。備中八田部(現総社市)の産と伝わる雲水僧で、以後10年間で備前・備中・美作(岡山県全域)の俳壇を牽引する活躍をした。だが人物・業績ともに多くを知られていない。   元禄7年芭蕉は大坂で客死した。その10回忌に除風は俳諧撰集『千句つか』を京の井筒屋庄兵衛より出版。その千句を芭蕉翁の魂として供養墓に納め、「千句塚」と称した。 それに先立つ元禄13年、撰集『青筵』を出版。その巻頭歌仙――                             引よせて放し兼たる柳かな         丈艸                      幕もひらめく船のはる風         除風 に始まり、嵐雪との両吟歌仙。白川・仙台・松島などの吟行句ありと多彩である。   『千句つか』の内容は、許六の序に続き百韻連歌の表八句を掲出。巻頭は芭蕉の〈春もやゝ気色とゝのふ月と梅〉を発句とした地元下庄の一巻。次いで倉敷・下津井・久世……と県下の主要街道・港等の連衆による千句一巡。続く献句には素堂・尚白の詞書があり、杉風・去来・支考・惟然・智月・李由・洒堂など芭蕉高弟ほか総勢91名である。   除風はほどなく、俳諧の祖山﨑宗鑑ゆかりの一夜庵再興のため突然讃岐(香川県)へと移り去った。築いた地盤を放擲するほどの如何なる事情があったのか。南瓜庵は昭和29年の台風で倒壊、今は薬師堂と芭蕉翁墓、そして除風句碑が静かに佇んでいる。 南瓜庵旧址 薬師堂は四ツ堂とも呼ばれている。このお堂の右端角に「芭蕉翁墓」と刻まれた供養碑。これに献句集を芭蕉の魂として奉納した。 奉納句の主要部分が一巡千句の作品であるので「千句塚」と呼ばれる。  右の写真は除風の句碑。 眼を古ゝ尓飛らく本とけや千々の花     除風        (めをここにひらくほとけやちぢのはな) この句は奉納撰集『千句つか』の中の奉献発句集の巻頭に据えられている。開眼供養の開始に季語
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  俳句   昭和の風景 白帆の一句鑑賞  ―― 総合誌・結社誌・句集から抄出 ここに取り上げた作品は平成13年以降数年の間に書いたものが中心で、題して「昭和の風景」とした。これに新しく書いたものを足していくという感じになる予定。気楽に読んでいただければ有り難い。   ● 蜘蛛に生まれて蜘蛛の囲を作るかな          今瀬 剛一      昭和には跡継ぎという言葉が罷り通っていた。それは貴重な存在でもあった。また分相応という言葉がある。善し悪しは別として、それは守られるべきものという考えに立っている。秩序、諦観などのイメージを伴うこのような言葉を若者は嫌う。現に親の仕事とか家業を継ぎたくないと言って、反発する事態は跡を絶たない。しかし最終的には所謂「蜘蛛の囲」を作ることに落ち着く場合が多く、しかも親を越える仕事をすることすらある。さて実際の蜘蛛の囲であるが、朝日に輝く縦横の糸の造形はまさに芸術品。蜘蛛以外の者に、これが作れるとは到底思われない。   ● 祭果つ夜店手荒くたたまれる             三橋  茂   言われてみれば、店仕舞いの音はけたたましい。ライトが消され、木枠が放り投げられ、箱を足で踏みつぶす。祭は昔から町の顔役と勇み肌の若衆によって継承されてきた。祭から祭へと渡り歩く夜店も、テキ屋が仕切る仁義の世界。朝市の店仕舞のようなわけにはいかない。   ● 断腸亭忌日や銀座尾張町             星野麦丘人   江戸の名残り、銀座尾張町。ほかに出雲町、加賀町など旧国名の付いた町が、昭和初期まで銀座のど真ん中にあった。四丁目の交差点は尾張町交差点と呼ばれていた。永井荷風は、本名壮吉、断腸亭主人と号した。あめりか物語、ふらんす物語で一躍名を上げ、慶大教授として「三田文学」を主宰した。華やかな一方、晩年は形骸化した文明への嫌悪を抱き、江戸趣味を強めてゆく。その頃の荷風こそ荷風らしいと思えるが、花柳界をテーマの「腕くらべ」「おかめ笹」、「つゆのあとさき」では銀座の女給を描いた。いいとこのぼんぼんから出発し波乱に満ちた断腸亭の生涯を、銀座尾張町という、世間から忘れかけた町名のみを提示し、その他はすべて背景にくらませた。   ● 数へ日や市場の下を川流れ              清水  道子  戦後の市場は、駅や港近くの道路や広場などに、自然発
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   さあ海原へ           ―― 白帆の十句選   令和2年11月  ■ 白梅句会   海鳴りを被る国道秋遍路      徳子     海鳴りは音だが被(かぶ) るという措辞で、潮(うしお)を被るような臨場感が生まれた。海岸沿いの国道 というスチィエーションもよい。 十日夜行き先捜す救急車              一航                     田から山へ神様がお帰りになる日、十日夜(とお かんや・陰暦10月10日)。頼にもよってそんな日に、行き先がまだ決まらない救急車。 渓流の音に木々の葉染まりゆく      かすみ                                                    紅や黄に渓谷を彩る様々な木々。清らかな流れのその響きが相俟って、得も言われぬ彩りを染めてゆく。 古池や満月見あぐ鮒なまづ          陽陽空    寂びの象徴古池と花鳥風月の月に対して「鮒(ふな)なまづ」 と付けたところが俳諧。読者は、古池や蛙…の先行句を下重ね に、鮒となまづの月夜の静寂を思い描くことだろう。 杉玉の緑馨し今年酒                登      「芳しい」はしばしば目にするが…。馨(かぐわ)しの読みが、杉玉の緑をより新鮮に感じさせる。 様々なもみぢの集ふ吹きだまり   千都子    もみぢと言っても楓・櫨・蔦・銀杏・柿……と。さらに大小様々、綺麗な葉から枯葉まで。それらが集っていると捉えたところに独自の視線が感じられる。 鵯鳴くや百歳体操いちにっさん      佳子                              一二三、の掛け声と鵯(ヒヨ)の相乗効果。 鵯は人家近くに来て何でも食べ、ピーヨ・ピーヨと元気よく鳴く。 七竈口うるさきは母似かな          嘉子                         兄弟姉妹のことかあるいは夫のことか。いやいや 自分自身を見詰めていると読むのが穏当。七竈(ナナカマド)は楓もみぢと違い勢いのよい赤。往年の母子の様子がほのぼのと。 駄菓子屋に人群れ稲は豊かなる       みい子                       下町風景の駄菓子屋と豊かに実る田園。収穫の時期ならではの人と自然の充足感が伝わってくる。 切干や踵おとしを五十回 

『奥の細道』全発句(63句)

 ■ 奥の細道 草の戸も住替る代ぞひなの家    (深川)    草庵を人に譲っての旅立ち。次は雛飾りのある華やいだ家になるだろうよ(出立の感慨と草庵への挨拶句) 行春や鳥啼魚の目は泪      (千住)         行く春を惜しんで鳥や魚まで悲しむ。別れの心情 あらたうと青葉若葉の日の光   ああ尊いなあ、ここ日光では青葉若葉が日の光に輝いている。日光山東照宮への挨拶句 剃捨て黒髪山に衣更   (曾良)   黒髪山は歌枕。日光連山の主峰男体山(なんたいさん)の別称 暫時は瀧に籠るや夏の初   裏見(うらみ)の滝(歌枕)拝観。しばらく、夏(げ)の荒行に挑む修行僧の気分に かさねとは八重撫子の名成べし (曾良)   かさねという優雅な名の子登場。物語に色を添えたか 夏山に足駄を拝む首途哉   役行者(えんのぎょうじや)の足駄を拝し、出立の思いを新たにした 木啄も庵はやぶらず夏木立   芭蕉参禅の師仏頂(ぶっちょう)和尚が修行した草庵を、雲巌寺(うんがんじ)の山中に捜し、見つけた。啄木が突けば崩れそうな草庵が現存していた。 野を横に馬牽むけよ郭公   郭公 (ほととぎす)が野を横切ったぞ、馬をそっちに向けてくれ――。当時(江戸時代)はほととぎすを郭公と表記していた。 田一枚植て立去ル柳かな      道の辺に清水流るる柳陰しばしとてこそ立ち止まりつれ    西行   西行は柳の陰(かげ)に立ち止まった。対して芭蕉は立ち去る柳と詠み、西行上人と呼応し偲んだのではないか。

芭蕉の「俳席心得・三ヶ条」

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 芭蕉の 「俳席心得・三ヶ条」 芭蕉直筆の「会式掟」 …俳席之掟・会式心得・会式三ヶ条等とも呼ばれている。 厳めしく物々しいタイトルと中身(本文)の連衆への心配り、そしてユーモラスな但し書。 蕉風俳諧の現場の息遣い・実態が「会式掟」から浮かび上がってくる。 左の軸(會式)は 下欄の現存する 芭蕉直筆 と伝わる二本の軸(会式心得) の特徴を選択して、岡山県連句協会俳席備品として作成。   文案作成:大倉漣魚     書写:今村菁華(華紅)   制作総括:米林 真   作成日:2014年5月   * 文字の筆跡は芭蕉風を心掛けた           會 式                                         かいしき(くわいしき)     一   諸禮停止                            一  しょれいちょうじ    一   出合遠近                            一  であいえんきん             但聲先                                     ただしこわさき    一   一句一直                           一  いっくいっちょく           月華一句                                  つきはないっく            又 曰                                      またいふ          麁食麁茶                               そしょくそちゃ           あるにま可せよ                     あるにまかせよ          酒乱耳及                              しゅらんにおよぶ          事な可礼                              ことなかれ            芭蕉庵桃青書   印                   ばしょうあんとうせい  かく  印 補注  會式(会式)  諸禮停止(諸礼停止)  ………一般的な礼儀作法は差し止め。  出合遠近        ………付句が出来た時、挙手なら遠い座の人が優先される。  但聲
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秀句鑑賞 白帆の一句鑑賞    初秋や少し遠出の喫茶店               和田大義   残暑の内にもふっと秋を感じる、そんな地味な季語が作品にそこはかとない情趣をもたらした。少し遠出というところ、その行き先が喫茶店というところ…、この人物像を浮かばせるキーワードである。   お十夜の回覧板の濡れて来る     稲田マスミ   雨に打たれた回覧板とお十夜の間に、訳もなく響き合う何かを感じる。浄土宗の大切な念仏法要、お十夜ならではの摩訶不思議というほかない。   誰からも遠きところの鯊日和     中西節子  誰からも遠きところという措辞が出色。鯊 (はぜ) がよく釣れて上々の天気。人間関係からしばし解き放たれた作者の、爽やかな心持ちが伝わってくる。    ここに落ちるつもりだつたか牡丹雪       梶間淳子   一片の牡丹雪が地へたどり着いた。ふつう牡丹雪の句は浮遊している空中の描写か、もしくは地に着いた時点で作品は終りである。しかしこの句は普通終りのところから始まっている。本当はもっと別なところがあったのではないか…、ためらうように落ちた牡丹雪を見て、自問自答の作者の姿が見えてくる。    柊の花や一生 (ひとよ) の午前午後      手塚美佐 冬の花は概ね地味だが案外香りのいい ものが多い。柊の花も小さく地味ながら、気品のある芳香を放つ。一生と書いて「ひとよ」と読ませ、一生という長い期間を午前と午後に二分している。その断じ方が荒っぽいにも拘わらず、季語を含め、用いている語彙や表現が柔らかいためか、妙にしっとりとしているのである。そして作者の意識は一生(ひとよ)の午後の部分に注がれており、その意識の深さと柊の花の香りが、次第に重なってくる。 ふだんから造語的なあて字は嫌いだが、この一生(ひとよ)はとてもいい。つまるところ、言葉というものは使い方次第ということなのだろう。また、八四五の変則的な並びが独特の屈折をもたらしており、リズム的にも言葉の意味性からも、危ういところでバランスを保っている。十七音で何が表現できるか。どこまで表現できるかと考える時、この柊の花が浮かんでくる。     天の川渡るお多福豆一列         加藤楸邨   地球が属している銀河系は、天の川銀河とも言うそうで、我々が眺めている天の川は、その銀河の中から外周を見ているのだそ